私には愛する家族がいる。
そうは言っても生まれた時から愛していた訳でも、愛されていた訳でも無いと思う。
子供の時、様々な不幸が重なって家庭内で不和が生じた。
家庭内の不和は子供の心を不安定にして怯えさせる。
当時小さな工場を経営していた父は事業の失敗から自暴自棄になり、アルコールに
溺れる生活に陥った。自分の不幸を全て他人や社会のせいにしてそんな自分に更
に苦しんでいた。
そんな失業と転職を繰り返す父の分まで、まだ幼い3人の子を育てながら働きに出る
母は、当然ながら貧乏のどん底で喘ぎもがいていた。
泥酔した父との喧嘩が絶えず、ストレスから子供らを叱り付けてヒステリックに怒鳴り散
らし、思い通りにならない現実の全てにイライラし腹を立ててばかりいた。
思い描いた幸せな結婚生活とどれほど違ったことだろう。
酒に酔った父とヒステリックで半狂乱になった母は、子供らの前で毎晩のように喧嘩
した。
家の中は滅茶苦茶で畳や襖はボロボロ。とっくみ合いの喧嘩もあり、ガラス戸は割ら
れ障子は破れ、毎晩のように繰り返される暴言やなじり合い、荒れ狂う家庭の惨劇
を近所の人達は同情しつつも眉をひそめるほどだった。
幼少期からそういう子供時代を過ごしたことで、私は歪んだ形で人格が形成され大
人になったのかもしれない。早く自立し家を出たいと自分で稼ぎ、家に幾らばかりか
お金を入れられるようになった20代のはじめにやっとその家を出た。
環境や状況が人に与える影響は大きい。その後じっくりと時間をかけて状況は変
わっていった。
悩まされていた家を離れたことで落ち着いた生活と環境を手に入れることができた。
そうすることで見えてきたものがある。
今はもうとっくに両親が結婚し子を持った年齢を超えてしまったが、父も母もそれぞれ
に大変な境遇に翻弄されながら必死に家族を守り子を育て、時に絶望したり自棄に
なりながら生き抜いてきたのだ。酷い時の思い出話ばかりのようだが、父や母が
穏やかで優しい時も確かにあった。罪悪感を感じたり、反省や後悔もあったのだろ
う。家族とは最初から家族なのではなく、じっくりと時間をかけて家族になっていくの
だと思った。笑ったり泣いたり、時に傷つけ合ったり、だらしなくみっともない姿を見
せ合ったり、それでも父も母も離婚はしなかった。壮絶な修羅場も経験したと思う。
そんな人達と私は家族として濃密な時間を過ごした。愛情とは最初からあるもので
はなく、人は最初から誰もが家族ではないのだと知った。やがて絆は強く、愛する
気持ちは段々と深くなって、時間をかけて家族になっていくもののようだ。